RAKSUL TechBlog

ラクスルグループのエンジニアが技術トピックを発信するブログです

2022年を振り返る

Merry Christmas!

さて前年同様、アドベントカレンダーの運営チームから最終日の締めを仰せつかりました全社CTOの泉です。微力ながら2022年の振り返りという形で、最近思っていることをつらつらと書きながら、今後何を目指すべきなのか?そのあたりの考えを少し共有できればと思います。


少し身近なマクロの話から・・・

気づけばCOVID-19は「共存」する形で我々の生活にすっかり溶け込んでしまったようで、知人・友人らがたまに熱を出したかと思えば、ちょっとタチの悪いインフルエンザにかかった程度でまた元気になって戻ったり。もはや得体のしれない敵ではなくなったおかげで、今年はインド・アメリカ・ベトナムと随分と海外渡航もより自由にできるようになり、ありがたい限りです。

さて、2022年に起きたショッキングな出来事で自分が真っ先に思い浮かぶのは、ロシア・ウクライナ戦争です。もちろん残虐な殺戮はどんな理由があれ許されるものではないですが、色々と調べていると多くのメディアが「ロシアが悪者」みたいに綴れるほど単純な話では無いことも事実だと思います。

ロシアはソビエト連邦の解体の際に多額の負債を引き受けた背景があり、そんなロシアの経済を牽引しているのはエネルギー産業なのですが、ロシアでからのヨーロッパへのエネルギー供給をビジネスにするにはウクライナのパイプラインを使う必要があり、このパイプラインはソ連時代に作られた資産でもありながら、パイプラインの使用料を毎年かなりの額を当たり前のようにウクライナは徴収しており、ロシアからの視点でいえば何年も不合理な話を飲んでやってきた背景があったりと、すくなくともロシアを一次元的に非難する論調は随分ナイーブなものの見方で、本質的な解決のためにはもっと多面的に考えないと感じさせられます。

最近「アメリカと中国」をペアで考えるときに「G2」という言葉が使われるらしいですが、いわゆる「G7」みたいな協調のためのグルーピングではなく、両極端な思想の対立構造を指すそうな。

その対立の中、1989年に完全な崩壊と思われた社会主義国家が、40年も経たないうちに、全く新しいパワーバランスを作り出しているのは非常に示唆深い話で、結局のところ両者ともまだまだ人類のサステナビリティーを約束するにはまだまだ進化が必要な社会システムなんだと考えさせられます。

最近は「加速主義」といった考えもあるようで、まだ確固たる希望がもてるような明確な実体が見えたわけではないですが、おぼろげながらも資本主義の次の輪郭が認識できつつあるのかもしれないと感じています。

新しい経済活動の出現

ここで「新しい経済活動」と言ってしまうとあたかも「Web 3.0の話でもするのかしら?」と言われそうですが(笑)、そこまでプログレッシブな話ではなく、もう少しゆっくりな変化として新しい経済が確立されつつあるのではないかという主張です。

古典的な資本主義での経済活動は、「資本」による「資産の所有」があり、「資産」を使って「利益」を生むための労働力を結集させる、という構造で動いてきました。

具体例で言えば、いまから100年前に百科事典を作ろうとすれば数十名〜数百名のライターを雇い、工場を立てて、印刷機を買いオペレータを雇い、製本をして配布していく・・・その活動は全て資本がなければ始まりません。

でも今は全く新しい形の経済活動が立ち上がっています。

例えば、Wikipediaは無償でもライターが出現しコンテンツを築き、そしてそれを消費する側も旧来の百科事典同様に新しい知識を得ることに価値を感じる。ライターはそれに参画したことでなにか偉大なことを成し遂げているといった充実感を得ることができるから、さらにコンテンツが増える・・・これだけの規模の大事業が、資本が無くとも立ち上がり、資本がなくとも配布すること(ときどきDonationを依頼されることはありますが)ができることはまさにインターネットがもたらした新しい経済活動と呼べるのではないでしょうか。

オープンソースの活動も同様に新しい経済活動の象徴だと思えます。ライナス・トーバルズが余暇の中で、いわば趣味でつくったものが、同様に無償で働く大勢のコントリビューターによって拡大し、いまやパブリック・サーバーの8割に導入されるOSにまで進化したことが(少なくともある一定程度までは)資本を用いずに実現できたことにはなにか大きな変化を感じます。

お金が支払われなくとも関係者が熱狂的に壮大な仕事をこなし、お金が無くともムーブメントが立ち上がり、資本がなくとも世界が変わるような巨大な事業が生まれる。そして大事なのはそのムーブメントに携わった人がやりがいを感じ、より多くの幸せを感じている。

その世界観は、

  • 「所有」ではなく「共有」
  • 「従属」ではなく「自律」
  • 「抑圧」ではなく「自由」
  • 「対立」ではなく「共生」
  • 「独裁」ではなく「フラット」
  • 「クローズト」ではなく「オープン」
  • 「秘匿化」ではなく「透明化」
  • 「競争」ではなく「共創」
  • 「苦しみ」ではなく「楽しみ」

・・・ 前者よりも後者により価値がシフトし、その変化が次の経済を作って行く(アジャイル・マニフェストみたいなフォーマットになってしまいましたが、笑)。これは労働のあり方も、組織文化のあり方にも影響する新たな価値観になりつつあるのでは無いでしょうか。

デジタル化がもたらす「労働の終焉」

ラクスルの「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンは創業から13年経った今でも色褪せることなく、上に挙げるような壮大な変化の予兆すら感じさられます。

これまで印刷、物流、TVCM、コーポレートIT等、様々な産業におけるDXを手掛けて来ましたが、各産業におけるアナログな膨大かつ複雑な手続きを、デジタルにリデザインし、自動化・効率化を推し進めてきました。それにより各産業で労働における余暇を作り、関わる全ての人が人間らしい創造的な仕事ができる世の中にする、そんなムーブメントにみんな魂を燃やしているように思えます。

人間の社会を支える必要不可欠な経済活動がデジタライズされ、非対称性がなくなり、情報の摩擦が限りなく0になり、全てがリアルタイムに連動し、あらゆる課題にたいして人智を超える最適解で動く世の中が到来したときに何が起きるのか?(まぁちょっとシンギュラリティーっぽい話もしてますね、笑)まだだいぶ距離のある話しですが、それはつまり「労働の終焉」に向かっているのでは無いでしょうか?

色々な制約から開放され、より人間らしい豊かさを取り戻すことができ、その余暇を使ってより人を喜ばせたり、楽しませたり、感動をもたらす世の中になる・・・上に挙げた例をはじめ、もうすでにその片鱗を自分たちは見ているのかもしれません。

技術と我々の使命の再認識

とりわけ、ラクスルはウェブ技術・データ分析技術が中心にありますが、今後の技術投資は徐々に変化をつけて、産業の変革にアドレスしても良いと思います。あらゆるデータやプロセスのAPI化はもちろん、物理世界とデジタル世界の接点となるロボティックスやIoT技術、人が判断するあらゆるプロセスを膨大なデータから自動化させるためのML技術、スマートコントラクトないし台帳管理・決済手段としてのBlockchain等。どれもようやく「実験」から「実践」に変わりつつある技術をB2Bの文脈でレバレッジする・・・このような新しい取り組みを加速させることで、前述の世界の実現により近づけるのではないかと思います。

そして、これはもう少し組織よりの話ですが、どの領域においても、技術でもっと事業を推進するためのアイディアのPoCやプロジェクトのイニシアチブを取りやすくするための企業文化をつくることも重要だと感じています。

ソフトウェアエンジニアこそこの新しい経済の立役者であり、この未来の実現に最も重要なキー・コントリビューターであると思います。

それを思うと、前述の通りまだまだとんでもない量の仕事がこの先もあるんだと途方に暮れそうですが(笑)、改めてビジョンの本質に立ち返って新年を迎えたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

Have a wonderful year-end holiday!