はじめに
こんにちは。ラクスルのデータ戦略部でデータサイエンティストを務めている野中です。
2026年6月8日〜12日に開催された「JSAI2026 – 2026年度 人工知能学会全国大会(第40回)」に参加し、ラクスルのデータ戦略部として発表を行いました。
本記事では、発表内容の概要と、人工知能学会全国大会(JSAI2026)に参加して感じたことについてご紹介します。

JSAI2026とは
JSAI2026(2026年度 人工知能学会全国大会 第40回)は、一般社団法人 人工知能学会が主催する国内最大規模のAI関連学会です。 大学・研究機関・企業など幅広い参加者が集まり、機械学習、画像処理・自然言語処理、生成AI、マルチモーダルAIなど、多様なテーマについて研究発表や議論が行われます。 近年は、研究領域だけでなく実サービスへのAI活用/LLM活用・AIエージェント・業務改善など実践寄りのテーマも増えており、産学双方から大きな注目を集めています。 2026年度大会も、現地・オンラインのハイブリッド形式で開催され、多くの研究者・エンジニア・企業関係者が参加しました。
発表セッションとテーマ
本セッションでは、実企業で得られたデータを活用し、マーケティング上の課題解決に向けて統計・機械学習による予測を行う研究が数多く発表されました。 我々が取り組んだのは、各顧客のLTV(顧客生涯価値)を予測するというマーケティング上の重要な課題です。一般に、事前に顧客ごとのLTVを推定できれば、LTVの高い顧客に対して重点的にマーケティング投資を行うことができ、施策全体の収益性向上にもつながります。このテーマは、ラクスルが日々向き合っているマーケティング上の課題とも重なるものであり、産業現場における実課題と学術研究をつなぐという観点でも意義のあるテーマだと考えています。
LTVを予測するためには、まず各顧客の将来の購買回数を予測する必要があります。その代表的な手法が BTYD(Buy Till You Die)モデル と呼ばれる一群のモデルです。なかでも、 BG/NBDモデルとGamma-Gammaモデルを組み合わせた手法は広く利用されています。我々の発表は2件ともこのモデルを前提とした分析や手法改良の提案を行なっています。
B2Bプラットフォームにおける法人単位LTV予測
こちらは弊チームの磯と筒井の共著によるものです。本研究では、弊社の購買プラットフォームを対象に、BTYDモデル(BG/NBD・Gamma-Gamma)による法人単位のLTV予測に取り組みました。 まず背景として、従来のBTYD研究の多くはB2C(個人向け)を対象としており、B2B(法人向け)への適用は限定的でした。B2Bには固有の難しさがあります。BTYDモデルは本来一人の顧客に対して、1つのポアソン過程を仮定し個人の購買行動をモデル化する手法です。法人には複数のユーザーが所属するため、あるユーザー個人では離反したように見えても、別のユーザーが購買を続けていて法人としては取引が継続しているという事象が起こります。このとき法人単位のLTVを予測するうえでモデルをどの粒度で当てはめるべきかが自明ではなく、各ユーザーを独立顧客として適用し法人に足し上げる「個人粒度アプローチ(アプローチA)」と、法人内の全ユーザーの購買を1つの主体に統合して直接適用する「法人粒度アプローチ(アプローチB)」の2通りが考えられます。
そこで本研究では、この2つのアプローチによる法人LTVの予測精度を実データで比較検証し、B2B事業におけるBTYDモデルの適用可能性を明らかにすることを目的としました。具体的には、次の2つのリサーチクエスチョンを設定しています。RQ1は「個人粒度アプローチと法人粒度アプローチで、法人LTVの予測精度に差はあるか」、RQ2は「その精度差は、法人の所属ユーザー数やユーザーの購買頻度特性によってどう変化するか」です。結果及び考察に関しては、リンク先論文PDFをご参照ください。
商品カテゴリ別の購買回数予測のための階層ベイズBG/NBDモデル
こちらの研究は、私が単著で発表いたしました。本研究では、多様な商材を扱うラクスルのようなECサイトを対象に、「商品カテゴリごとの将来購買回数を予測する」という課題設定のもと、BG/NBDモデルの適用を考えました。BG/NBDモデルによる商品カテゴリごとの将来購買回数の予測には、大きく2つの課題があります。
まず第一に、チラシとのぼりを例に挙げても、カテゴリによって購買パターンは大きく異なります。チラシは、日常業務で利用されるため、毎月あるいは隔週で継続的に購入するユーザーが多く存在します。一方で、のぼりは店舗リニューアルなど特定のタイミングで購入されることが多く、需要構造が異なります。こうした違いを適切に表現するためには、カテゴリごとに異なるパラメータを持たせる必要があります。 第二の課題として、ECサイトの商品カテゴリ別の購買数は、典型的な ロングテール(裾の重い分布) を示します。一部の主力カテゴリには多くの購入者が存在する一方で、大半のカテゴリでは購入者数が限られています。このようなデータが少ないカテゴリでは、パラメータ推定が不安定りやすく、たまたま含まれた少数の特徴的な顧客の影響を強く受けてしまうため、予測精度が低下するという問題があります。
そこで本発表では、これらの課題を解決するためにBG/NBDモデルを階層ベイズモデルへと拡張し、カテゴリごとの購買行動の違いを捉えつつ、データの少ないカテゴリにおいて予測精度を安定化させることを目指しました。より技術的な詳細に関しては、リンク先論文PDFを参照いただければ幸いです。

おわりに
今回のJSAI2026への参加を通じて、AI活用に関するさまざまな知見や刺激を得ることができ、非常に有意義な機会となりました。 ラクスルとしても、今後もAIやデータ活用に関する研究・発信へ継続的に取り組んでいきたいと考えています。最後までお読みいただき、ありがとうございました。